もうひとつは、翻訳の速度を上げるにはボキャブラリーをもっと増やさないといけないと感じ始めたこと。春先ぐらいまではひたすらボキャブラリーを増やすことと英語を英語のまま読むことで読む速度を上げることに専念しようと思っています。
初めてブログというものを立ち上げて、6ヶ月強、いろいろと勉強になりました。復活する時にはもっと自身を持って続けられる内容にしたいと思います。今まで読んでくださった方々、ありがとうございます。
]]>The Economist誌、11月14日号に掲載されたデリバティブの解説記事の最終日です。
珍しく記事の主張と自分の主張がかなり重なっているような気がします。私自身、デリバティブは有用なものだと思います。でも使う人がそれなりの知識と管理能力がなければいけないとも思います。仕事で事業法人の財務部門でデリバティブを取扱う方々と会うことがあります。リスク管理に対する考え方が驚くほど稚拙なのに驚くことがあります。評価も期日管理も取引先の銀行に任せきり、という状態であることもあります。ヘッジを行いリスクを回避することは費用がかかることなのだ、ということを認識することがまずは事業法人でも必要だと思います。最もこういった状況を作り出したのは、売りやすいことを理由にゼロコストのストラクチャーをたくさん作った金融機関でもありますが。
今までのように骨抜きの規制にならないことを切望します。
11月20日にFinancial Timesに掲載されたデリバティブ規制に関する記事です。
規制当局が抜け穴をふさぐためにあらゆるものを包括的に規制したいというのはわかりますが、過去の例を見ていても規制ができればそれをすり抜ける方法を考え出すのが金融機関です。確かにうまく行っているものを変える必要はないと思います。まずはできることからやる、という姿勢で立ち向かわないと、結局今回も規制強化が掛け声だけで終わってしまうような気がします。
The Economist誌、11月14日号に掲載されたデリバティブの解説記事の五日目です。
もう一つの改革の内容として取引を標準化させて取引所に集中させることを検証しています。取引所に全ての種類のデリバティブを扱わせようとしたら無理があります。いかに「標準化」が出来るかが鍵だと思います。最大公約数に標準化できれば利用者も増え、この記事が言うような価格の大きなぶれもなくなっていくと思います。そういった状況にありがならもさらにカスタム・メードのデリバティブが欲しい人には十分に費用負担をして購入してもらうようにすればいいように思います。
The Economist誌、11月14日号に掲載されたデリバティブの解説記事の四日目です。
様々な問題の提起がされた所で、現在行われている改革の内容の整理に話題が移っています。規制当局の提案では、デリバティブを中央決済機関で決済するようにし、特定の取引相手先が破綻した場合でも、金融システム全体に影響が及ばないようにすることと、複雑さを軽減するために取引所取引に移行させることを求めています。
決済を集中させることだけでも問題は色々あるようです。決済機関に対する銀行の影響を減らすために株式保有の制限をかけるべきか、決済の対象となるデリバティブの範囲をどうするか、決済期間自身の安定性をどうやって確保するか、などです。
The Economist誌、11月14日号に掲載されたデリバティブの解説記事の三日目です。
昨日掲載分では、店頭デリバティブ市場の規模が大きいことが説明されていました。本日の記事では、規模以外にも店頭デリバティブに関心を払わなければいけない理由があることを説明しています。「一括清算ネッティング」のおかげで他の債務者に先んじて破たん処理に参加できること、政府から安価な資金調達が保証されているため、それを生かして安くデリバティブを提供できるようにしていること、複雑性が高くなっていること、です。
11月16日にFinancial Timesに掲載された記事です。
航空会社がデリバティブの標準化および決済機関を通して決済されることに対して反対の意見を表明しています。前者に関しては店頭デリバティブが提供していた柔軟性が失われることで各社が負っている様々なリスクに対応できなくなることが理由です。本当にそうなのか、と勘ぐりたくなります。昨年、ジェット燃料が高騰する中で少しでも費用を安くしようと同じ内容の取引に走り、結果としてほとんどの会社が損失を被りました(http://merlion0520.jugem.jp/?eid=183)。リスクを十分に考察することなく、投資銀行が提案してきたままのものをそのまま受け入れた、と考えられても仕方がないと思います。システム面から見ても航空会社のリスク管理体制は万全とはとてもいいがたい状況です。デリバティブの柔軟性を維持することを主張するのであれば、まずは自らの体制を見直し、自分のためにテーラーメードで作られるヘッジ戦略は本来コストがかかるものだということを認識する所からはじめるべきではないかと思います。
The Economist誌、11月14日号に掲載されたデリバティブの解説記事の二日目です。
デリバティブの取引は、取引所取引と店頭取引に分類されます。後者の規模が前者を大幅に上回っています。ただ、その規模を推し量るのにも色々な数字があります。元本をベースにすることも出来れば、時価評価の結果を用いることも出来ます。様々な数字を比較することで、必要以上に誇張されないような工夫をする必要があると考えます。
今日から数日間かけて、The Economist誌11月14日号に掲載されたデリバティブの説明記事を紹介します。そもそもデリバティブとはどんなものなのか、といった基本的なことから始まり、その歴史、現在の議論の内容など多岐に渡った内容のようです。最近このブログでもデリバティブの規制に関する記事を多く載せていますが、それらの理解を深めるためにも、この記事をしっかり読んでおくことは有用だと思います。
今日紹介する部分では、デリバティブは、先物、オプション、先渡し、スワップといった形式があり、原資産はほとんどどんな資産でもよい、とその概要を説明しています。その上で、事業会社が自ら負っているリスクを他に移すためのものであるとしています。有用なものでありながら、過去に起きた金融危機の中核に存在したことが何度もあり、その度に規制強化の動きが起きてきています。
2009年11月14日付け、The Economist誌のLeader欄に掲載された記事です。
デリバティブ規制に関する現状をまとめた記事です。基本的なメッセージは、デリバティブは有用性があるが、規制は必要、ということです。この記事が指摘するとおり、デリバティブは企業が様々なリスクに対する保険を提供するものです。リスクの種類は詳細に見れば千差万別なのでしょうが、基本的な性格はそれほど変わるとは思えません。例えば、輸出企業であれば円高を嫌うでしょうし、輸入企業の場合には逆に円安を嫌うことになります。どの水準まで耐えられるかとか、どの時点でヘッジをしなければいけないか、といったことは異なりますが、ヘッジしなければいけない内容は業態によってある程度に通ったものになります。そう考えると、取引所を通して提供させる画一的な契約で基本的なヘッジはできてしまうと思います。店頭デリバティブという形で企業ごとのニーズに合わせたテーラー・メードのリスク・ヘッジを提供させ続けることにどれだけの価値があるのでしょうか。経済的な価値を考えると、少なくとも後者は前者よりも割高にならなければいけません(仕立てた背広がつるしの背広よりも高いのは当たり前です)。もし、取引所に取引を集めると最終利用者のコスト負担が高くなる、というのであれば、店頭デリバティブの提供元はもっと自らが負うことになるリスクに対して対価を最終利用者から徴収すべきだと考えることはできないでしょうか。
もうひとつ考えられるのは、デリバティブをもっと単純にして仲介者をなくすことを試みることも可能ではないかということです。為替の例では円高を望む企業とそうでない企業が存在するわけです。それらの企業が直接交渉をして取引をすることができる場があっても言いように思います。取引所で取引を行うようになることがそれを可能にする第一歩です。金融商品に関するデリバティブは比較的歴史が浅いため、銀行が仲介者として機能してきましたが、商品を単純化し、取引できる場所を用意することで、仲介者に余分な費用を払うこともなくなり、また仲介者が必要以上のリスクを負うことで破綻する可能性を減らすことにもつながると思います。
2009年11月13日付けのFinancial Timesに掲載された記事です。
会計原則は投資家が投資判断をするにあたって企業の状況に関して十分な情報の提供が保証されるように変更を加えられてきました。今回の金融危機を通じて金融機関の開示が十分であったかどうかは議論の対象となってきています。その中で銀行の資産を時価評価することで透明性をあげようとする考えが進んできました。この記事にもあるとおり、一部の金融機関からは資産の価値が増減しすぎてかえって金融危機を招く、といった主張があります。なんだか本末転倒である気がします。市場の動きによって収益が大きく変わるものを保有しながら、その影響を開示すると市場が不安になる、といった主張をしているように思います。だったら市場を不安にするようなものをそもそも持たなければ良いのではないかと思います。今すぐに時価会計を適用すると一時的に出さえ大きな損失が出るから、というのが反対の理由であるなら、一度は膿みだしをしてきれいなバランス・シートにすることも考えるべきなのではないでしょうか。
(個人的な話になりますが、今週ははっきり言ってこのブログはかなり手を抜いてしまいました。先週末にまとめて訳したものを切り出しにして済ましていました。今週はバンコクに出張で毎日打ち合わせが続いたことが一番の原因です。お詫びといってなんですが、バンコクのデリバティブ事情を少々。過去1年以上にわたってデリバティブを敬遠する動きが続いていたのですが、ここに来て地場銀行の多くが外資系からトレーダーをスカウトしたり、システムの強化をしながらデリバティブから手数料収入を得るための用意を始めているようです。デリバティブの営業体制の強化を図っている銀行も見受けられました。しばらくの間影を潜めていた外資系の金融機関も改めて採用を開始して収益拡大に走り始めています。デリバティブのソフトウェアを販売している私にとっては来年はバンコクは主戦場となりそうな予感です。)
2009年11月9日にFX Weekに掲載された記事です。
ドルがリスクの高い資産を購入するための資金調達の通貨としてキャリー・トレードに使われているという話は良く聞く話です。金利の低いドルで資金調達を行い、それを金利の高い通貨に交換して、金利が高くリスクも高い資産を購入するというものです。これが現在アメリカの景気が好調になってきたように見える経済指標が発表されると、ドルが下落するという、通常とは逆の動きを生み出す源泉となっています。
米国の景気がおぼつかなくなるとキャリー・トレードに対する需要は減るはずです。この記事ではそのことは認めながらも、Fedが低金利政策を維持している間は需要が減ることはないだろうとしています。
2009年10月にFinance Asiaに掲載された記事です。
先月Economist誌に掲載されたインドネシア特集をこのブログでも掲載しました。インドネシアは様々な分野で改善をしているものの、未だ印象があまりよくなくなかなか上昇気流に乗れない、といった内容でした。市場でのインドネシアの評価はこの記事が指摘するように上がってきているようです。株式市場のインデックスも上昇していますし、債券のスプレッドも縮小してきています。シンガポールやマレーシアの銀行も積極的にインドネシアに進出している話は良く耳にします。人口に裏打ちされた内需と豊富な天然資源は今後この国が伸びていくという予測を裏付けるには十分だと思います。
2009年11月6日にFinancial Timesに掲載された記事です。
そこまで費用をかけてでもデリバティブって必要なのか?って疑問を持ちたくなります。規制をかけるのではなく、デリバティブの参加者が何をやろうとも経済には影響が及ばないような方向で考えることはできないのでしょうか。私自身、デリバティブを悪だとは思ってはいません。適切に管理して利用される分には便利なものです。でも、投資銀行がそれを使って儲けの源泉にしていることも事実です。一部の産業の儲けの源泉を確保し続けるためにここまでの費用をかけなければいけないとすると、それに見合った見返りを社会全体で受けることができるのでしょうか。
デリバティブを使って事業会社ができることは、費用・収益の平準化です。デリバティブを使ったからといって特定の費用が常に安価に抑えられるわけでもないですし、特に大きな収益を安定的に得られるわけでもありません。航空会社を考えて見ましょう。燃料費のヘッジのためにいろいろなデリバティブを使っています。その上に燃料サーチャージと言う形で利用者にコストの負担を求めています。デリバティブを使ってもコストの平準化ができず、消費者に負担を求めるような状態では、そもそも国民の税金を使ってデリバティブの市場を維持し続ける根拠はどこにあるのでしょうか。
今回のような問題を起こさないため、というのであればデリバティブ自身が金融機関にとってではなく、規制の費用を負担しなければいけない納税者にとってどのような利益が及ぼされうるのかをもう一度考えてみる必要はないでしょうか?
2009年11月7日付、The Economist誌のFinance and economics欄に掲載された記事です。
転換社債という金融商品が昔からあります。債券として発行され利息が払われます。株価が値上がりすると投資家は株に転換することで株式を手に入れることができます。日本でもエクイティ・ファイナンスのひとつとしてよく用いられてきました。
今日の記事で紹介されている条件付資本は、記事を読む限りでは投資家側に転換権があるのではなく、一定の条件を満たすと強制的に株式に変換されます。しかもその条件とは、投資家にとって不利な状況になったときです。この記事の最後で説明されている通り、適切な対価を受け取ることなくこんな商品を買う投資家がいるのでしょうか。国が銀行を安定化させるためにこのような商品を金融機関から無償に近い状態で買っているのだとすると、新たな救済策だと考えてもおかしくないと思います。
ちょっと専門的な話になりますが、転換社債の場合には、投資家が発行体から株式を購入する権利(コール・オプション)を投資家が買っていることになります。したがって、その対価として投資家が受け取ることのできる利息が通常の債券よりも低くなります。条件付資本の場合には、発行体が投資家に対して株式を売る権利(プット・オプション)を発行体が買っていることになります。つまり転換権の費用を負担しなければいけないのは発行体です。その分金利を上乗せするのか、発行価格を低く抑えることをしなければ理屈に合わないことになります。